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石川啄木 啄木日記Menu
  
明治35 秋韷笛語
明治35.10.30-12.19
中学を退学し、文学を志して上京。
   
明治37 甲辰詩程
明治37.1.1-7.23 18歳
渋民村

  
明治39 渋民日記
明治39.3.4-4.29 20歳
東京から渋民村に戻る

代用教員を務める
  
  八十日間の記
明治39.4.30-12.30
渋民村、代用教員
12月30日長女京子誕生

  
明治40 丁未歳日誌
明治40.1.1-5.4 21歳
代用教員を務めるも、退任
函館に向かうことを決意

  
明治40 函館~小樽
明治40.5.5-12.31
丁未歳日誌後半
函館に移住、大火のため小樽で新聞記者、退社

  
明治41 戊申日誌
明治41.1.1-1.12小樽
書きかけて、改めて明治四十一年日誌にまとめ直す

  
明治41 日誌其一
明治41.1.1-4.24
小樽から釧路へ単身赴任
東京行き決意、釧路を去る

  
明治41 日誌其二
明治41.4.25-7.28 22歳
東京に出て、金田一京助を頼り、赤心館に止宿
  
明治41 日誌其三
明治41.7.29-12.11、メモ
下宿を蓋平館別荘に移る
明星終刊、スバル準備

  
 清盟帖(住所録)
    
明治42 当用日誌
明治42.1.1-4.6 23歳
「スバル」創刊
朝日新聞社に勤務

  
明治42 ローマ字日記
明治42.4.7-6.16 23歳
日記をローマ字で書いた。
6月16日、家族を迎えた

  
明治43 4月より
明治43.4.1-4.26及びメモ
二葉亭全集校正に携わる
  
明治44 当用日記
明治44.1.3-12.31 25歳
2月慢性腹膜炎で入院、退院後も自宅療養、妻も病気
  
明治45 1912年日記
明治45.1.1-2.20 26歳
石川啄木は4.13に永眠
 
 
  
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 (題字は「悲しき玩具」直筆ノートより、写真は現在の小樽と小樽水天宮境内の歌碑)

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